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【「私たちが洗脳されてきた平等思想は謀略概念である」ということについて 考える!】

2017 7月 09 未分類 0 コメント » このエントリーを myyahoo に追加 このエントリーを GoogleRSS に追加 このエントリーを ハテナRSS に追加 このエントリーを Livedoor RSS に追加 このエントリーを goo RSS に追加  by admin


【「私たちが洗脳されてきた平等思想は謀略概念である」ということについて
考える!】



どうもゆうです!

読者さん、こんにちは!


さて、前号にて


【副島先生の最新言論からG20の
新しい世界体制のことなどについて考える!】


という号を流しております。


かなり過激に感じる文章ではあったかもしれませんが、

やはり大きく強烈に真実を抉り出している文章かと思いますので

是非まだ読んでいない方は読んでみてください。



さて、それで昨日の文章の中にもありましたが、

やはりこれからの人類の闘争というのは


「自由と平等というのは本来対立しているのではないか?」


というところで展開されていきます。



私たち日本人はおそらく世界一「平等であるべきだという特定の思想」

で洗脳されてる民族です。


だから、この民族が日本と比べて

平等よりも自由が重んじられる傾向が強い海外なんかにいると

ショックを受けるわけです。


それで私なんかは政治経済とか政治哲学文章というのをかなりの数

読んできてるのだけど、その中でも「私が人生の中で見た中で

もっとも重要な文章の1つ」というのがあります。


これは、私の人生でトップスリーに入るくらいの重要な内容の文章だ、

と思っております。


今回の件名の

【私たちが洗脳されてきた1自由と2平等は両立しない】

なんだけど、ここで私がよく教科書として使うのが大森勝久の文章でありますが


実はこの大森勝久さんは死刑囚です。

だから獄中(ごくちゅう)から、文章をネットに寄稿している人です。


今は真正の自由主義者、を名乗るけども、元々は

いわゆる極左と言われまして、「世界は平等であるべき革命」を一人で行おうとして、

それで、北海道庁爆破事件の犯人として死刑判決が確定した死刑囚です。



が、彼は獄中にてそのときの平等主義の洗脳に気づき、今は

真正の自由主義者、に転向している。


この大森勝久が獄中で、まさに牢屋の中で、書いてる文章がとても重要で、

それは同じく強烈なんだけど、

これこそが今の日本人が改めて考える必要がある言論だ、


と私ゆうは思うので、時々、時間があるときにこの大森さんの言論を、扱う。


それで日本はおそらくというか間違いなくいまや、世界一平等主義の思想が強い

そういう国ではあるけども、




それこそ日本の実際の「さまざまな種類の税金」をあわせたら

世界屈指の重税国家になるわけで、世界一の公務員給与の国家が日本だけども


この本質として思想として存在しているのが「平等主義」です。


そして、私たちは文部科学省なんかが作った教科書でまず

「自由と平等が大事です」と義務教育で教えられるじゃないですか?


けどもしそれが洗脳だったらどうしますか?という話なんです。


実は 自由と平等は対立する のです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

これは間違いなく大きなこれからの人類のテーマ、対立点になるから

今のうちに知って考えておくのが重要だと私は思います。



さて、それではこの大森勝久の寄稿文を読んでみましょう。

過激なようだけど、私が今まで読んだ文章の中で、

もっとも重要性の高い文章の1つです。


それでは以下、獄中から、大森勝久さんの文章です。

メルマガの文字制限の関係で、前半は大森さんの思想転向の経緯、

後半から【平等思想は謀略思想である】に入っていきます。



↓↓
===========================
はじめに



 私は獄中で左翼から真正な保守主義者(真正な自由主義者)に転向した。

私を知ってもらうためにも、保守派に左翼について

理解を深めてもらうためにも、


また心ある左翼自身にも自らを顧みて真剣に

考えていってもらいたいと思うので、私の転向のプロセスや当時の思い、

また左翼思想の誤り等について書いていきたい。



 今「保守派」と書いたが、一言述べておきたい。


日本の「保守系言論界」には、

戦前昭和期の日本と大東亜戦争(日中戦争と太平洋戦争)を

肯定・美化している人が非常に多い。その人達は「保守派」と自認している。

(ゆう補足:まさに今の安倍首相やその周りの人々がこれに相当しますね?)


だから保守派とはそういう考えをする人々のことなのかと

思っている人が極めて多い。


私の考える保守派とはそういう思想性ではない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

私は戦前昭和期の日本の体制は、「<法>→明治憲法」の支配を否定した体制、

だから自由を圧殺した反自由主義・反資本主義・反議会制民主主義・

反(正しい)個人主義の「革新(=左翼)体制=全体主義体制」で

あったと考えているし、


全面的に批判・否定している。



「法の支配」が守られるときに初めて自由な祖国の存続と

国民の権利・自由は保障されるのである。


(ゆう補足:この「法の支配」は日本人が思う「法律の支配ではない」です。

法の上位に憲法があり、憲法の上位に<法>がある。これは後述します)


大東亜戦争も、欧米の自由主義国が主導して形成してきた

自由主義の国際法秩序を否定して、

全体主義の新国際秩序=「大東亜共栄圏」を創ろうとした


革命戦争=侵略戦争であり、自由主義の日本国家に対する

国家叛逆の反日戦争であったととらえて、批判・否定している。



 私は言論界の「保守派」の過半は「民族派」であり、

その思想性は歴史的にも現在的にも、「法の支配」を守る保守ではなくて、

それを否定する革新なのだと考えている。


彼らは反米を唱えて、自主防衛と日米同盟の解消を目指しているし、

日米同盟の堅持を国是とする日本政府と国民にも極めて批判的である。

左翼との共通性が多いのである。


私が「真正な保守主義」と表わしたのは、

「民族派の保守」と区別するためである。

民族派への批判の提起は別の文に譲りたい。



「観念化された人民像」に基づいた革命論


 私は獄中でマルクス主義やレーニン主義を、独裁国家を造り出す思想だと

認識できるようになって否定した。

アナーキズムについても同じ理由で否定した。


そして私自身が考えだした政治的には「世界民主主義」、

経済的には「世界共産主義経済」に基づいた新しい世界共産主義革命、

その一環としての反日共産主義革命を追求していった。


一九八二年からである。(なおこの「民主主義」は「自由民主主義」であって、

敵である日本や米国の自由民主主義と共通する内容であった。

だから私は数名の支援者宛への文では使用したが、


一般向けの小冊子の文で「世界民主主義」の用語を使う

勇気はすぐには持てなかった。私が公けの文でそれを使用するようになるのは、

一九八九年の東欧における反ソ連・反共産党の民主主義運動によって

勇気を与えられた後のことである。)



しかし一九八〇年代の後半頃から、

私の心の中に「アジア各国の人民は共産主義革命を求めていないのではないか。

従って反日革命(排日革命)も志向していないのではないか」という

疑念が芽生えてくるようになったのであった。


この疑念は年々大きく強くなっていき、私はついに一九九二年十月頃に、

極めて不十分な形ではあったが、

自己批判して反日革命を撤回したのであった。



 私は反日革命の主勢力と考えたアジアなど第三世界の人民を、

最大限に幻想化してとらえて「革命的な存在」だと考えてきた。


左翼思想の根本のひとつに、

「ブルジョアジー対人民」という階級闘争論がある。


反日思想の場合には、先進国の市民社会の人間を「ブルジョア的民族」ととらえて、

「ブルジョア的民族対第三世界の人民」という

反日的な階級闘争論があったわけである。


もちろん日本人ブルジョアジーと日本人民を同じ位相で

とらえたわけではないが。こういう階級闘争論に

拘束されてしまっている時は、


アジア各国人民が「革命的人民」だと幻想化されて

とらえられていくのは避けがたい。革命的ではないとすれば、

革命論が成立しなくなってしまうからである。


私は現実の人民から出発したのではなくて、

「左翼思想・理論が規定した人民像」、「観念化された人民像」をもって

現実の人民だと考えてしまったのであった。



 反日革命であれ日本革命であれ、左翼はみんなそうである。

赤色レンズの眼鏡をかけてこの世界を見れば赤く見えるが、

それは実際の社会ではない。


しかし赤色眼鏡をかけているとの自覚がなければ、

それが現実の実相となる。



 左翼は日本国家や世界を、独自の思想・理論によって認識している。

「階級国家」「階級支配」「経済的搾取(資本主義的搾取)」

「ブルジョア法」「政治的・経済的帝国主義」「階級闘争」等々である。


資本主義論であり、資本主義国家論である。


別の文で明らかにしたように、これらはすべて虚偽理論である。

しかし私もそうであったように、

左翼はこれらをマルクスやレーニンやバクーニンらの理論として、


またひとつの大きな思想潮流としてある左翼思想の

「常識的な理論」として、アプリオリな真理として受容し

盲信してしまっている。



「本当にそうであるのか」と、批判的精神をもって、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
現実と理論性によって検証したのではなく、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
全く無批判的に真理だとして受け容れてしまったのである。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


そして日々の活動によって、これらの「真理」は

血肉化していくのである。


これは洗脳である。


 左翼思想の根本教義は「平等=善、不平等=悪」の平等思想である。

日本国家やアメリカ等が政治的また社会経済的に不平等であることは

明らかであるから、


この平等思想に支配されてしまうと、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
人は現国家社会の体制を否定するようになってしまう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

左翼思想の創始者たちは、人々の「平等=善、不平等=悪」の感情を利用して、

前記した「階級支配」「経済搾取」「階級闘争」等々の

虚偽理論をでっち上げて真理だと信じ込ませていったのであった。



私も平等思想に基づく感情から、これらの虚偽理論、

つまり虚構を無批判的にすんなり受容してしまったのだった。


すなわち私は左翼理論によってねじ曲げられてしまった

「日本国家像」「日本社会経済像」をもって、

実際の日本だと考えてしまったのである。左翼はみんなそうである。



 虚偽理論によって資本主義国家と資本主義経済が悪として否定されれば、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
それの対立物である共産主義社会(平等社会)が
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
善として熱烈に支持されるのも、また必然である。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

(ゆう:実はまさに今の日本で思想状況として起こってるのが
この状況ですね。)


私もそうであった。私が共産主義社会(平等社会)の建設を

目指す革命を実践していったのは、


主観的には「悪の世界」を解体・変革して、搾取も抑圧も侵略もない

新しい社会を創造したいという素朴な正義感からであった。


左翼思想は人類史上最高の謀略思想だ。


悪・地獄への道は、素朴な正義感や善意で敷き詰められている。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


=========================== 


人民は反日革命を求めていない




 私が一九七〇年代の一時期大きな影響を受けた太田竜は、

一九八五年頃には反日革命は勝利するだろうと主張していた。


一九七二年からとして、私は十数年間、反日革命を考えてきた。

日本人反日勢力を拡大しようとして自分なりに努力した。

だが日本人反日勢力は拡大しなかった。


日本の被抑圧人民の革命闘争も、アジア各国の革命闘争も

拡大することはなかった。


一九八〇年代に入ると、アジア各国の経済成長は目覚ましく、

革命闘争にとって大きなマイナスになることは明らかであった。

(ゆう補足:だからこのいわゆる平等主義の闘争というのは背景として

経済不況が必須になるわけです。彼らは経済成長を望まない。

なぜ大日本帝国時代の生き残り官僚機構が

どんどん日本を不況にさせる政策を進めるのか?と言う思想基盤の答えは

このあたりにある。)



 私は革命闘争が発展してこないことに薄々気付いてはいたが、

初めはその「不都合な現実」を無視しようとした。


「もうすぐ戦いは拡大してくる」と思おうとした。


しかし八〇年代の後半にもなると、

自分自身を誤魔化すことができなくなり、


「アジアの人民は革命を求めていないのではないのか。

だから反日(排日→反日亡国)革命も求めていないのではないのか」

という考えが年とともに大きく強くなっていったのである。


アイヌ人民についても、私は太田竜が著書で宣伝した

一人二人のアイヌ革命家の存在をもって、単純に、


アイヌ人民はアイヌモシリの反日独立を目指していくと

考えていったのであるが、現実によって、

この考えは間違っているのではないのかと不安は


年々大きくなっていった。


だが私はこれらの疑念を公けに発言することはしなかったし、

できなかった。公けの文では従来と同様の主張を行っていたのである。



 私にとってこの現実は極めて深刻な問題であった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

私は世界をひとつの社会ととらえる世界革命の立場に立っていた。

その一環として反日革命もあった。


私が北海道庁爆破闘争を支持したり、

反日亡国の武装闘争をアピールしてきたのも、


日本人民の枠内で考えるのではなくて、日本とアジアと

世界の人民全体の中で革命闘争を位置づけて、

評価してきたからである。


すなわち世界全体で見れば、人民の圧倒的多数は

それを支持していると考えたからであった。


しかしアジア等の人民の大部分は自国の革命も

反日革命も求めていないとなれば、

私や少数の革命家が革命闘争を実行していくことは、

人民の多数の意思を踏みにじることであり、


世界民主主義の否定になってしまう。

もちろん反日革命そのものが成立しないことになる。



 私はアジアなどの人民を幻想化して、

アプリオリに反日革命の主体で主勢力だとしてきたのだが、

これは私の批判精神と思考が停止してしまっていたことを意味した。


前記したような現実を前にして、私は初めてアジアの人民の

実体を分析していくようになった。


そして彼らの民度は低く、とりわけ中国人民のそれは極めて低く、

アジア各国の人民の多くには、民主主義制度を実現していくだけの

歴史的な伝統もなく、

思想性も未だ備っていないことを段々と認識していった。


私が目指す反日革命や世界革命は、

決して独裁国家にならないために、


世界民主主義思想や(アジア等第三世界の人民においてはとりあえずは)

一国民主主義思想に確固として立脚した革命で

なくてはならなかったから、革命の主体はより一層限定されてしまう。


すなわち反日革命は成立しないことになる。



極めて不十分な自己批判



 私は自分の生き方そのものが否定されてしまうことになるために、

こうした現実を認めたくはなかった。


だが年とともにこうした考え方は強くなっていき、

私はついに一九九二年十月に公けの文で、反日革命は成立しないと明言して、

自己批判して撤回していったのであった。



 だがこの時の私はまだ、「世界一社会論」も「世界民主主議論」も

正しいと(誤って)考えており、


「世界民主主義に立脚する反日革命論」も全てが間違っているとは

思っていなかった。


だから私は次に述べるような自己批判的総括を発表したのであった。



 世界民主主義制度が、帝国主義国と第三世界の非民主的(独裁的)政府

によって拒絶されている以上、


世界民主主義思想に立脚する反日革命(暴力革命)は

理論的には正当化される。だが残念ながら日本の内外において、

この反日革命を目指そうとする革命的人民は全体の中の

ごく少数に留まっている。



この現在の条件下においては、ごく少数の革命的人民が

圧倒的多数派の意思を無視して、彼らも巻き込んでしまう

反日革命闘争を進めていくことは、世界民主主義に反し誤りである。


もし強引に実行していっても物理的に勝利できないが、

万が一勝利したと仮定しても、革命権力を維持しようとすれば、

世界民主主義の実現を拒否しなくてはならないことになり

(選挙をすれば少数ゆえに敗退してしまうから)、


自らが独裁権力に堕してしまうことになっていく。

これは革命の否定だ。残念ながら反日革命は成立しないのである。

自己批判して撤回するしかない。


 この総括は、反日革命を志向しない人々の方こそ遅れていて

悪いのだと言っているものであり、自己正当化の総括であった。


私はもっともっと自分の思想を厳しく

検証していくべきであっただろう。


そうすればもっと早く左翼思想から脱却できたかもしれない。


しかし洗脳からの脱却のプロセスは、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
決して一気には進展していかないもののように思われる。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

なんとか自己の正当化を図ろうとしつつも、

それでも少しづつ自分の誤った考えを否定して放棄していくという形で

除々に進んでいくもののように思う。


もし一気に従来の考え方の全てを否定することを求められたとすれば、

人間は自己を保持することができなくなって、

精神が破壊されてしまうであろうからである。



 このようであったから、私は一九九二年十月から九四年の間も、

反日革命は否定したものの、だから日本を倒し国家権力の奪取を目的とする

反日革命闘争は否定したが、そういうものではない、


日本の侵略や支配に対する個人やグループの抵抗や反撃に

留まる戦いであれば、武装闘争であっても認められると考えて、

人々に向けてアピールを続けていたのであった。


抵抗や反撃に留まる反日闘争である。

それを否定できるようになるのは九五年一月であった。


第二節 私の思想の変遷


「原始共産制の今日的な復権」の革命を否定する


 一九九二年十月に反日革命を自己批判して撤回したと書いたが、

私はその前の一九八八年に「原始共産制の今日的な復権」という、

自分が目指す共産主義社会の思想性の誤りに気づいて、

自己批判して改めていった。


 私は一九七二年に反日革命を目指し始めたが、

太田竜に影響されてマルクス主義の「工業化共産主義」を批判して、


全く別個の「原始共産制の今日的復権」という非工業化共産主義社会の

建設を志向していった。


だが私は、自分が目指すこの共産主義社会の具体的なイメージを

明確にする理論的作業を全く怠ってきたのであった。


誰一人として行っている者はいなかった。


頭の中にはぼんやりしたイメージはあったが、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
文字化することはなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

この作業を回避していたからこそ、私は「原始共産制の今日的復権」という

スローガンが持つ肯定的な強い感情に支配されて、疑問を抱くこともなく、

マルクス主義者たちを批判しつつ、


この思想に基づく世界革命とその一環としての反日革命を

主張し続けることができたのである。



 一九八〇年代の後半になって、第一節で述べた「反日革命の主体」の点に

おける疑問が大きくなってきた時に、


私は「原始共産制の今日的な復権としての反日共産主義革命」についても、

初めて自覚的に検証するようになっていったのであった。


 この共産主義社会は、小さな都市といくつかの農村が一つに融合して

基礎的共同体を形成し、そういう基礎共同体が連合して

より広域な社会を形成していくものになるであろう。


しかしそうであれば、我々は主体面において、

反日革命という世界性を有する革命闘争を担っていくこと自体が

そもそも困難になってくる。


私の今日までのその他の主張も行動も、そうした社会とは

全く別の所から出ているものであった。


私の主張と行動は「原始共産制の今日的復権」の思想性と

矛盾しているものである。



 また反日革命に勝利するまでは、「原始共産制の今日的復権」は棚上げして、

「世界一社会論」「世界民主主義論」という世界性の立場から

戦っていくとしても、勝利すれば目標の実現を目指すことになっていく。


巨大都市を分割縮小するなど、生産力も大削減させていかなくては

ならないことになる。たとえ長い時間をかけて除々に改造していくとしても、


今日の社会は破壊され大混乱に陥るのは必定である。

何億いや何十億という人々が犠牲になってしまう。


互いに戦争することにもなってしまうだろう。


もしこの思想に基づく共産主義革命と共産主義社会建設を

実践するとすれば、マルクス主義の工業化共産主義よりも

はるかに悲惨な結果を惹起することになってしまう。


私は思考が停止していて、自分の誤りに全く無自覚であった。


私は一九八八年にこのように自己批判して、

この思想を捨て去ったのであった。



共産主義革命・共産主義計画経済を否定する


 私はその後、「工業化共産主義」に立ち返って、

共産主義社会の経済システムについて考え始めていった。


私は一九七八年から八〇年にかけてアナーキストになって、

レーニンやマルクスを独裁支配者だと否定した際に、


彼らが言う「共産手段の国有化」についても否定し去っていった。

「国有化」とは、独裁国家権力である共産党が、


国民から全ての生産手段を強奪することであり、

唯一の資本家となった共産党が、国民を奴隷として搾取することが

できるようにすることである。


平等で自由な共産主義社会ではない。

私はこのように考えて否定したのであった。



 前記した事情から、私はマルクスの著作は『共産党宣言』など

数冊しか読んだことがなかった。


そこには生産手段の国有化と計画経済の主張が述べられていたから、

私はマルクスもレーニンも同じ考え方をしていると

思っていたのであった。


図書館で『全集』を借りてもらって読んでいくと、

マルクスはその後、アナーキストのバクーニン派との論争を経て、


「生産手段を共有する諸協同組合の連合が、

一つの共同の生産計画に基づいて生産を組織化していく」という

共産主義経済システムを主張していることを私は知った。


私はマルクスのこの思想を批判的に分析していった。



 たとえ生産手段の国有化ではなく、各協同組合の共有物である場合であっても、

すべての協同組合はひとつの生産計画に基づいて

生産活動をしなくてはならないのである。


そうであれば各協同組合は、生産計画を策定し、

協同組合を管理するこの国家機関に支配されることになる。


それは各協同組合は生産手段の所有権と

管理運用権を喪失するということである。


すなわちマルクスはバクーニン派との論争ゆえに、

巧みなレトリックを用いてはいるが、


このシステムはレーニンの「生産手段の国有化に基づく計画経済」

と実質全く同じものなのである。


いざ実行となれば早晩、名目的にも国有の看板になっていくものだ。

私はこのように結論づけて否定していったのであった。


 私はさらに、政治的に自由民主主義に立脚する場合であっても、

市場経済を否定した共産主義計画経済の建設を目標にする以上は、


各協同組合が生産手段を共同所有していても、

国家機関に生産計画の策定と各協同組合を管理する

絶大な権力を与えることになるのは同じであるから、


生産手段の国有化になり、民主主義をも否定することに

なっていくことを認識していった。


共産主義計画経済の建設の方が政治的民主主義よりも

高い価値を持つと考える立場においては、

そうなっていくのは避けられない。



国家が全ての生産手段を独占所有するとき、

国民は国家を離れては食べていけないから、


国民の自由は死ぬ。

民主主義も存在することを許されない。


結局、共産党が独裁支配し国民を収奪する国家になる。



 私は以上のように認識して、一九九二年の前半に「共産主義計画経済」を

否定した。自己批判して否定した。


「世界民主主義に立脚した世界共産主義革命」を自己批判して撤回した。

だから私の反日革命論も、これ以後は「反日共産主義革命論」ではなくなり、

「反日社会主義革命論」というものに変っていった。


経済システムとしては「社会主義的市場経済」である。

これについては次に述べるが、第一節で書いたように、

この反日革命も革命主体がごく少数であり成立しないとして、


一九九二年十月に自己批判して撤回したわけである。


社会主義的市場経済を考える 

 左翼思想の根本は「平等=善 不平等=悪」の平等思想である。

だから生産手段の私的所有を否定し、生産手段の共有に基づく

共産主義計画経済の共産主義社会が志向されるわけである。



ところが共産主義社会を目指すときは、たとえ政治的には

自由民主主義を支持していても、後者は否定されることになってしまい、


共産党独裁支配・収奪の国家になり、

超不平等社会が出現することに帰結してしまうのである。


前項で述べたことである。それでも私は「平等=善 不平等=悪」の

ドグマを疑うことは出来なかったから、


一体どういう経済システムを目指したらよいのか全く分からなくなってしまった。


 しかし分からないままだと不安で一歩も進めないから、必死に考えた。


ただ経済的に「完全な平等」を求めてはならないことは分かってきた。


それを志向するときは、共産主義計画経済の罠にはまり込んで、

正反対の体制を造り出すことになってしまうからである。



私は一九九二年前半から半ばにかけて、

政治的には世界民主主義、経済的には


「世界社会主義的市場経済」の「世界社会主義社会」の建設を目指す世界革命、

その一環としての反日革命を考えるようになっていった。


第三世界各国においては、とりあえずは一国民主主義と

一国社会主義的市場経済に基づく「一国社会主義社会の建設」ということになる。



 具体的には次のようである。生産手段は社会の全成員の共有財産とするが、

その運用形態(保有形態)は、個人・家族的保有、協同組合的保有、


国・地方公共団体保有の三形態とし、前二者を主要な運用形態(保有形態)とする。

個人・家族的企業、協同組合的企業、国営・公営企業は、

それぞれ独立した経済主体として、一定のルールの下で、


市場経済で自由に経済活動をしていくのである。


============================

【平等思想は謀略思想である】


 私は極めて長期間、平等思想に支配されて革命運動を行い、

祖国と国民に敵対してきてしまった。

この罪は自分の活動によって償っていかなくてはならない。



日本では真正な保守主義の言論が非常に弱い。だから左翼が強いということになっている。

私は微力であっても、保守主義の主張を展開し、

また左翼思想の誤りを明らかにして、

日本に少しでも貢献していきたいと決意した。


民族派の誤りについても明らかにしてきたいと考えた。

ここでは、私が長らく関わってきた左翼思想の誤りについて再度述べよう。



 人間(国民)は生まれた時から異なっている。

男と女は違うし、同性でも相互に差異がある。


成長するにつれてますます差異は大きくなっていく。


つまり人間は本質的に不平等なのである。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

もし平等であったならば個性もなにもないロボットになってしまう。

人間の社会は上下の秩序によって形成されている。


家庭でも学校でも企業でも国家の機関でもそうだ。

上下の秩序とは不平等ということである。


もし政治社会、経済社会に平等な関係を要求したら、

社会は瞬時に崩壊し、社会そのものが形成できない。


人間はバラバラの個となり、人間ではなくなってしまう。

(ゆう補足:今の日本はまさにバラバラの個が、社会に存在し、それぞれ

対立しあってる構図があるとは思う。)


 国民の自由は、不平等性の承認が前提になっている。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ある人は政治家になりたいと思う。ある人は軍人になりたいと思う。

またある人は学者になりたい。


企業経営者になりたい。野球選手になりたい。

歌手になりたいという人もいる。千差万別である。考える内容も異なる。


平等が強制されたら国民の自由は否定されてしまうのである。

それは人間であることの否定だ。自由は不平等原理に基づくものなのである。



 国民個人に能力の不平等性があり、努力の程度にも不平等性があり、

また運にも不平等性があるから、


経済活動の結果としての所得やその累積たる
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
富が不平等になるのは自然なことなのである。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

不平等であることが公正であり正義である。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

古いアイヌの社会やアメリカインディアンの社会でも、

家族の能力の差によって経済的な不平等が自然に生まれていた。


私が革命幻想に支配されて勝手に「平等な社会だ」と

解釈しただけであった。


能力と努力と運が異なる個人・家族に対して、

所得や生産物の平等な分配を求めることは、

それこそが不公正であり不正義である。


逆の意味での不平等なのである。


 自由の基礎は、私有財産制(生産手段の私的所有)と

自由主義経済つまり市場経済である。


この時に国民には、生活の糧を得るための経済的な自由が

保障されることになる。


経済的自由がない体制では、政治的な自由も存在しえない。

共産党が独裁支配する共産主義国家では、

生産手段の全てを国家が独占所有するから、


国民は国家から離れたら生活の糧を手に入れることができない。

経済的自由が全くないのだ。


そのような時、国民に政治的自由が認められる道理はない。

国民は奴隷と化することになる。


今日のロシアや中国は西側自由主義国のような市場経済ではなく、

国家統制型の「市場経済」である。


(ゆう補足:今や副島先生の文章にもあるように、中国は赤い資本主義を

進めていった。私ゆうも中国上海を見てきたけどそこにあったのは

日本以上の資本主義。が、そことの対比で日本の国家統制型の市場経済は

より進んでしまってるという事実を私は30代で確認してる。


日本の人々が「日々の息苦しさ」を感じてる正体はここにある。)




 自生的な制度である日本国家や天皇制や私有財産制度や

市場経済等は<法>である。




また古くから真理、道理として伝承されてきたもの、

例えば国家には自衛権(個別的・集団的)があるとか、男女は異なる、

人間は不平等である、経済的な不平等は自然であるとかも<法>である。



国民が世襲してきた自由、

つまり生命や身体や財産の自由とかも<法>である。


そういう<法>を発見して明文化したものが正しい憲法である。

<法>に反する憲法条文は無効である。


「<法>→正しい憲法→正しい法律」の支配という
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「法の支配」が貫撤している国家が、文明国家である。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

(ゆう補足:この重要な考え方がどうも日本の各大学では故意に教えられておりません。

ちなみに大森の書いてる真理の1つ、<法>は法律とも違うと分かる。

だから<法>に違反してる法律はここに有効性は存在しない、ということになる。


だから法律を守りましょうという主張とは少し違う。

<法>が背景にしっかりある、法律は守りましょうという主張になる。


だから例えば国家による民衆に対する殺人や侵略や略奪を

肯定する法律があったとしても

その法律は<法>に反してるから無効である、という考え方になる。)





法は国家権力も支配する。法こそが「主権者」であるといってよいだろう。

私たちはこの法の支配を堅持することによって、


日本国家の安全と存続を守り、

国民の権利・自由を守っていくのである。


もちろん国際法を守り、侵略を否定する。


真正な保守主義(真正な自由主義)とは、

祖国と法の支配を守っていく立場をいう。



 自由は法の支配があって保障されるものであり、

不平等原理から生まれるものである。


自由と平等は敵対しているのである。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

唯一正しい平等は、「法の前の平等」だけである。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 左翼思想の根本は「平等=善、不平等=悪」の平等思想である。


私はこの平等思想に洗脳されて、日本の法をブルジョア法だとして否定し、

日本の政治社会と経済社会を否定し、日本国家そのものも否定し、


また国際法も否定して、新世界秩序を創造するために

世界革命・反日革命を目指していったのであった。


「平等と真の自由が実現される世界共産主義社会の建設」であった。


しかし抽象的に述べれば、平等と自由が共に実現される社会など

絶対にありえないのである。平等の実現は自由の死である。


平等の実現は社会の否定である。

しかし人間は社会なしでは生存できないから、


結局、共産党が自由ゼロの奴隷的国民を支配・収奪する

ウルトラ不平等社会が誕生することになるのである。


日本には多くの欠陥はあるが、その何万倍も酷い

独裁国家が作られていくことになるのである。


地獄への道は、主観的な正義感や善意で敷き詰められている。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 左翼の根本思想は転倒している。

不平等こそが善であり、平等は悪なのである。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

しかしこの真理はほとんど理解されないのである。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

(ゆう補足:この大森の論考をメルマガに掲載することは、実は

すごい勇気が必要なことだとわかるひとは分かると思う。


日本で絶対善とされる、平等主義を悪と言うのですから。


「しかしこの真理はほとんど理解されないのである」の通りです。

が、ここに重要な真理があると私は思いますし、だから副島の文章も

よく掲載するわけです)



「平等=善、不平等=悪」は強力なスローガンである。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

平等思想は大衆のさもしい妬みを増殖させていく。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

言葉の正しい意味での社会のエリート層に対する
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
敵愾心を大衆に植えつけていく。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
国家社会を憎悪させていく。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


平等思想はまた未熟なインテリの正義心や善意を刺激して、

国家社会とエリート層を価値否定させていく。



その上に「階級国家論」「階級支配論」「搾取理論」

「帝国主義論」「ブルジョア法論」等々の虚偽理論を

プロパガンダされると、


左翼は現体制否定の感情に理論的な裏付けを与えられるから、

革命運動を実践していくようになるわけである。



 今日の日本の政治社会、経済社会は不平等であるが、

不平等は支配や搾取とは全く別の概念である。


左翼は「不平等=支配」「不平等=搾取」と錯覚させられている。


それが「階級国家論・階級支配論」「搾取理論」という

嘘理論である。


「私の左翼時代-洗脳されて革命運動に参加」という文で書いたように、

今日の日本には階級支配などないし、日本の資本主義に搾取はない。


日本は帝国主義ではない。


戦前昭和期の日本が全体主義の帝国主義だったのは、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
日本の法の支配を否定し、国際法を否定する革新=左翼体制の
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
国家だったからである。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

(ゆう補足:今ここに再度まい進しようとしているのが安倍首相なりの

勢力であります。だから本質的には安倍首相たちの勢力は保守たりえないわけで

自称の保守である、という位置づけになる。

実際の自民党の主要勢力である清和会の方々は本質的には極左思想を持ってる

とそれなので分析できます。が、今の社会においては極左思想というのは

自由民主主義の仮面をかぶる、ということ。


これが思想戦略の怖いところで、これが進めば民衆の自由はどんどん、

奪われる。今の日本には大森が言うような、「大日本帝国の亡霊」が

首相にも、そしておそらくその後ろでこの工作を進めてる官僚たちにも

感じて取れる。)




左翼は、平等思想と前記した虚偽理論のレッテル貼りによって

「捏造された日本像」を、


現実の日本国家社会の実体だと思い込まされて、

日本の体制や日本そのものを憎悪させられているのである。


洗脳である。かつて左翼であった私が言うから間違いない。


しかし洗脳されている本人には、このことが全く分からないのである。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
洗脳の恐ろしさである。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 平等思想、左翼理論は、国民を独裁支配し世界を独裁支配したいと

思ったマルクスやレーニンやバクーニンや毛沢東らが作りあげた

謀略思想である。


法の支配を否定するのが革新=左翼である。


法の支配があって初めて国民の権利・自由は保障される。

法の支配を否定したら、独裁国家が出現するだけである。


左翼の人々には真剣に考え続けていって欲しいと思う。


おわりに


 私の思想的転向のプロセスを書いた。左翼のほとんどは日本革命派であるから、

彼らの理論と反日革命を目指した私のそれでは、異なる部分も多い。


しかし基本的な理論は共通している。

私が左翼思想の誤りを自覚して否定するのに、

こんなに長くかかってしまったのは、


「平等=善、不平等=悪」の平等思想の誤りと、

「日本は資本主義的搾取と階級支配がなされている国であり、

対外的には帝国主義国である。だから我々は革命によって、

現在の経済制度と政治制度を打倒して新しいものに転換して、


搾取と政治的支配と対外的侵略(経済的・政治的)のない、

共産主義社会を建設していかなくてはならない」という思想の誤りを、


認識して自ら否定していくことが、

一旦これに洗脳されてしまった者にとっては、


いかに困難であるのかを示しているだろう。



 保守派から、左翼を解体・変革していくための

思想的、理論的な批判はほとんどなされてきていない。



国民の一部分が、左翼思想に洗脳されていくのを防止するための

思想的、理論的な活動はほとんどされてきていない。


保守派自身がそういう思想と理論をちゃんと持ち得ていないのである。


左翼思想を明確に否定しえないということは、

保守思想自身の未熟さの現われである。


第四節に述べたような思想や理論は、本来学校教育の中でも

教えられなくてはならないものである。



 微力な私であるが、自由主義国家日本のために

私にできることを少しでも多く行っていきたいと思っている。



===========================

以上です!!


ということで、昨日の副島先生の文章と一緒にあわせて 読むと

分かりやすいとは思うのだけど


副島先生も昨日の文章で書かれていたのが



以下ですが、この上の文章を理解していれば、この文章の意味が分かる。



(副島先生の昨日の文章)

=======================


 だから、大事なのは、パトリアーカー(家父長、かふちょう)だ。


金儲けが本当に出来る、すぐれた経営者体質の指導者だ。

ある程度、人格者でもあって欲しい。


意地汚い、反共右翼のような、自分の蓄財ばっかりの下品な人間では困る。


 この家父長のまわりに、従業員と、障害者たちも100人ぐらいずつ、

集めて、この男(あるいは、能力有る女でもいい)に、

食べさせて貰いなさい。


この生来能力、体力、知力、明るい人格、

先見(せんけん)の明(めい)

(博奕うちの才能。投資の才能。時代の風向きが分かる)が

有る人間が指導者になるべきだ。


 この家父長たちは、人の面倒を見る力がある。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
現代の家父長だ。そして、この新家父長から、税金を取るな。 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


税金を、公務員どもが、当然の自分たちの収入源だと思うな。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

障害者や老人の福祉も全部、彼ら、生来(せいらい)の能力のある

家父長=経営者たちにやらせろ。 


そして彼らに大きな名誉を与えよ。、まわりからの尊敬を与えよ。
 


 人間は、平等ではない。 人間が、生まれながらに平等だ、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
というのは、ウソだ。 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

人間は、能力において、平等ではない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

このことを、大きな声で言い合う世の中に、変えないといけない。

生まれながらにして、たいして知能、能力、体を

人一倍動かす能力の無い者が、偉そうにあれこれ言うな。


周囲の人間たちの面倒を看ることの出来る人間だけが、偉いのだ。


自分の分だけ、ようやく生きているような人間は、

しゃしゃり出てくるな。


周囲の人間たちを食べさせることの出来る経営者たちで、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
まわりが、自然と頭が下がって、尊敬している人を、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
もっと、表に出せ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


=======================


以上です。



だから大きくはこの大森勝久の平等主義の謀略思想について考える

というところからスタートして、


そして副島先生の家父長制論の意味が重要性を持ってくるということ

であります。


だからここで国家がなんでもかんでも平等平等と言いながら

富裕層たちに税金をかけてそれを正当化して、


自分たちの官僚公務員組織を肥大化させて、民衆に重税を課して

苦しめて、


福祉国家論という善意を押し出して、実際は国家の統制社会を作り出すのは

間違っているという話になってくる。



実は、アメリカ大統領のトランプの思想を理解するには

この辺の知識基盤がないと、なぜあのど汚いことも沢山してきた

経営者出身のトランプをアメリカ人たちが大統領にしたのかが

日本人の私たちには分からない。


今の日本がそうだけど

まさに福祉国家論の


役人たちの


「私たちが税金をとって その税金を 「分配」して

社会の格差をなくしてあげましょう~」


ということがされているのだけど、

そこで起こっていることは、民間の3倍前後の役人の給与、

役人のボーナス、なおかつそこでどんどん肥大化する



役人の放蕩行政の財政赤字問題であります。


そうだから、福祉国家論というのがあるけども

大きくは悪・地獄への道は、素朴な正義感や善意で敷き詰められている


と言える。



それで私たち日本人はまさに文部科学省官僚たちの作る

教科書によって、


この「自由と平等を目指しましょう」と、教えられる。


しかし根本的に自由と平等は敵対する、対立する概念である、

ということが分かるわけですね。


実はそこで大きく苦しんだのが私ゆうであり、

これは読者さんもそうかもしれない。


私たちは生まれたときから個性がある。もう赤ちゃんをみても

大声で泣く赤ちゃん、静かな赤ちゃん、と全然違う。


私はマレーシアで多くの子供たちを見るけど、肌の色もみな違う。

明らかに不平等が前提で人間社会は成り立っている。


が、それを大声でいえないのが今の社会です。

私たちは大声でいえないわけで、「言葉を失ってる」わけです。


たとえば、障,,害者を障がい者と書きましょうという

言葉狩りも大きくはこの平等主義謀略というのが機能しているということ

でありますね。


それで私たち日本人は、まさに小学生くらいのころから

もしくは親の教育段階から、


「周りのみんなと同じことをしましょう」と教えられるわけですが、

ここで一番困るのが個性満開の子供たちであって

明らかに自分は周りと色々な部分で違うのにここで画一性を求められるわけで


そのような教育を何年も受け続けてきて、そして20年も経てば

ロボットのような個性を押しつぶされたロボット大人が出来上がる。


しかし、それは無理やり強制された同一化、均一化であるから

人というのは自分自身を何十年も欺けないものだから、


その矛盾がそれこそ50歳、60歳くらいになって現れだす。


「俺の人生はこんなんでよかったんだろうか」と悩む

私より上の世代の人が非常に多いわけで、


この苦しみの根源として、やはり過剰な平等主義がある。


そして、私が今号で扱ってる内容は今の日本には早すぎるのも

理解しておりまして


大体の人が今号の主張を理解できないわけですが、

それが洗脳の怖さ、としてある。


それで「格差社会の是正」というフレーズがありますが、

これを私たちはこの10数年無自覚に、無批判に、受け取っているけども


その格差社会の是正という言葉と

共産主義を進めていきましょうという言葉の違いを私たちはあまり考えない。



なんとなく大森の言う

「平等思想は大衆のさもしい妬みを増殖させていく。」


のこのさもしい妬みというのがあおられて、

金持ちをつぶせ、という話になってくるわけです。


その意味ではこの「格差社会の是正」という単語をNHKや

マスコミに流させた財務省の東大出身の官僚たちのすごさがあって


彼らはこの「さもしい妬み」という大衆誘導をうまく使って

「格差社会の是正」という言葉をうまく社会に浸透させたというのが

わかって来ます。


だから最近の「格差社会を是正しよう」は間違いであり、

この言葉を無自覚に正義と感じてる人は日本の大多数に上りますが

この人たちは単なる愚か者か、もしくはひがみ根性、嫉妬心が最高度に高い人か


もしくは財務省や国税庁や税務署のスパイのような人であります。


重要なのは格差社会の是正は、税金や税制ではできないし、

またやってはいけない。


私が今いるマレーシアがまさにそうだけど

金持ちと貧困層の両方が、色々な形で存在する社会が自然な社会であります。


みんな共産主義の悪を批判するくせに、ここでは

「格差社会を是正」という同じ意味を持つこの言葉にコロッと騙される。



金持ち層への嫉妬や妬みをうまく利用して、あらゆる増税を

国民に是認させようとする財務官僚の策略にしっかりと素直に乗るわけです。



このままでは、当然日本の優れた経営者たちや個人や金持ち層は

日本に住めなくなり、ある種の金持ち難民として、国外脱出することになる。


その現象はもう日本では多く見られるようになってきた。


国家に追いはぎのように丸裸にされて奪い取られるならば

放蕩行政を行う

威張ってばかりの官僚や公務員組織維持のために

人生をすべて投げ捨てるくらいならば、


海外への移住を決断する、となるわけです。

彼らは大声でそれを言わないけども、事実、彼らの心情の主たるものは

それだ。


そして副島先生の家父長正論というのがあるけども

これは要するに本来は富裕層こそが国家の主人公であるという考え方でありまして


大きくはアメリカの大経営者だったトランプが大統領になったというのは

この新しい人類の動きを体現するものと位置づけられる。


結局富裕層だけが貧しい人や困った人を本当に助けたいと思ったときに

自分の資金で助けることができ

サラリーマン層というのははっきりいえば口ばかりで

私もそうだったけど何もできない。


現実を見れば力のある人たち、すなわち経営者層や資産家層たちが

助けてください、と周りに集まってくる人たちを雇ったり、

直接助けることができる。


それに対してあるのが、何でも福祉は

「絶対善の公務員」がなんでもやる、役所がやります、という考え方があって

福祉国家論というものだけども


ここでは官僚や公務員たちが公僕Public Servantとして

「絶対善で」民衆に分配をして??


それで福祉を行えるのだ、という考え方が示されるけども

これは大きな詭弁であります。


実際は民衆の税金は官僚や公務員の夏のボーナスになっている。

(もしくは彼らの人件費、および、天下り特殊法人独立行政法人の

高額な退職金、給与、および米国債などでアメリカに流れてる)


「企業や金持ちから沢山税金をとってそのお金で

絶対善の政府が福祉をやりましょう」


というのは大きな詭弁であるけども

それを肯定する、根拠を与える言葉として「格差社会の是正」

と言う言葉があります。


この上では私有財産制は否定されますから、

いくら私たちが稼ごうとも、その稼いだお金は与沢さんのように

国内にいれば全て税務署の税法に拠らない税務調査やもしくは

場合によっては東京地検の違法捜査で社会的抹殺などをされて


奪い取られるわけでして

ここには(為政者支配からの)

自由などというのはまったくもって存在しなくなる。




私たちは自由と平等はどうも対立するようだ、というこの

獄中の大森の思想をしっかり理解する必要がある。


そして、最後に書けば、今号で扱った内容は、多くの人類が

自由と平等(freedom and equality)は両立すると思ってるから


世界でもこの言論は超少数派言論に位置づけられます。


だから読者さんがこれを誰かに言ったら

「人にあらず」と判断されますし、

周りから完全に浮くのは間違いない。


そして私ゆうがこれを書いても、大多数が理解できないはずであって

それも理解しながら書いてはいるけども


私がやるのは大衆に媚びることではなくて本音を書くことなので

それが表現言論の自由の骨子だから、書いてるわけです。



だから多くの日本人が、この平等ファシズムに脳みそやられているのが

今の状況でありまして、


もう少し言うとこの平等主義を信奉する人たちの多くには

強烈な依存心がある。



だからここで「分配」とか「みんなに」という言葉が強烈に

その人々の脳みそに響くことになるのです。


だから今一流のマーケティング、何億円何十億円と稼いでる

案件も時々見てもらってるけど、これはキレイゴト抜きに

そういうマーケで使われる手法は


「強烈な依存心をあおって、みんなを強調する」


ということなのですね。


このメルマガは投資やネットビジネスを扱うものでもあるから

そこまで踏み込んで私は本音で書いてしまうけど

要するに一流のマーケティングというのは、


この平等主義という謀略思想をどれだけあおれるか、で

売り上げの数字が決まるのであります。


仕掛ける人たちはみな、それを分かっている。


だから日本の市場マーケットというのが「平等市場」であるから

それを狡猾に彼らは利用しているわけだけど


実はこれが洗脳の本質であり、マーケティングとは洗脳要素が

強いからそれが合わさってるわけです。


ただ私はそれをただただ批判するのは違うと思っていて

その仕掛ける側の論理を知らないといけないという感じで見ている。



ちなみに最近は私の大学の後輩もメルマガ見ているし

学生さんたちも読者でいらっしゃるようなので


もっと教授や先生たちが教えてくれない世の中の現実を教えますが

例えば私はメルマガで、営業マン時代成績が全社で一番の生産性だった

と言う話は書いたことがあります。


そのときやっていたのは何か?を正直に書くと

「みんな、みんな、みんな」という言葉を営業時に連呼して

この平等思想に訴えるということをしたのですね。


これは色々テストした結果、その営業手法が圧倒的な成約率を出すことを

当時理解していまして、

とりあえず商品の質なんか誰も見ていなくて

少なくとも日本のカスタマーは「みんなやってるならやる」のです。


だからこの平等主義洗脳が日本のマーケットは強いですから、

マーケティングとかに「みんな」「みんな」という言葉を使えば

売り上げはあがって「しまう」のですね。


だからそこで売り上げが当時あがりまくって派遣とかバイトで

月給が100万円近く行ったときもあったのは事実なんです。


ただ私は途中からいやになってきたわけでして、

そうやれば売り上げあがるのはわかってきたのだけど

なんともこの みんなみんなを連呼すれば購入してしまう人が多い

自立性のない市場、に疑問を感じてきたわけです。



それが私が20代のころ経験したこと。


がそれでもその扱ってる商品の質はまさに受動的でもお客は

満足度を得られるものであったから、それはまだお客が満足してくれるから

マシだった。


が、その後、私は勉強してこのインフォの

「自分で稼ぐ」という市場を勉強したわけだけど、



明確だったのはまさに平等主義をあおって、その上で

売れば絶対的に売れるというのは分かっていたわけですよね。


が、問題があります。このインフォは「自分で稼ぐ」なわけでして

そこでは依存心こそが悪でありまして、

そこで平等主義をあおるとですね、商品の性質上、お客が稼げない

そういうお客の比率があがるのは明白だったわけです。


これはインフォの商品というのは

「自分で稼ぐための知識環境基盤を提供するもの」

であって実際に稼ぐのはその人です。


だから車を売るのとか、コピー機売るのとか、不動産売るのか、

とはちょっと違う。


となるとこの分野領域の経済活動においては依存心をあおって

「みんな」をあおりすぎるのはこれはやはり問題が生じるわけです。


そんな気持ちで平等思想に洗脳されたまま入って

実践した人は絶対に、稼げないから。


これは学習塾が例えば「あなたは何もしないで、ただただ

システム通りやっていれば東大にいけますよ~」なんて

集客していないのと一緒ですよね。



が、学習塾が例えば

「私たちの塾に入れば偏差値をあげて「もらえる」ので

みんな誰でも平等に東大にいけますよ」

とやればこれは生徒は集まるでしょう。


が、そんな覚悟で入ってきた生徒で東大やら京大やら早慶に

いける生徒なんてほとんどいないですよね。

が、売り上げをあげるためならこの

「平等主義をあおりまくったほうが売れる」のは事実なのです。


だから、「誰でも」という言葉がどうしても使われてる事情があるけど

それはいつも私のコメントで 検証が大事ですよ、それしないと稼げません

と書いてるのですけどね。


ただやはり今の状況を見てると「平等主義をあおった人が勝つ」

というのは現実としてあります。


これは要するに市場の大半が平等主義で脳みそやられてる、ってことです。

はっきり言うけど。


が平等主義で依存心が高いその人が稼ぐことは100%ありませんから

だから稼ぐのは上に書いた「平等と自由は対立している」という本質を

なんとなしでも生来の苦労で理解して、


そこで自立心もち頑張れる人だけであります。

が、その自立心もち頑張り稼げるようになった人も

いずれ稼げるようになれば税金として実際の話、


利益はほとんど残らずあらゆる名目の税金で

日本の場合は取られていきますから


ここで自動的に年間の半分以上は

「官僚と公務員を養うために」タダ働きしてることになるから

(決して社会で困ってる貧困者を養うためではない)


あほらしくなってそこでみな海外に出るようになるけども

となるとそこで残るのは依存心の塊のような人の集団であります。


自立心の欠如した人が大多数を決める民族が果たして

発展や世界での競争ができるだろうか?と私は悩むわけです。



だから今の日本の平等主義の問題点というのはいずれ今は理解されずとも

大きなトピックとして議論されていくのは間違いないのですが

今はこれを「言えない空気」が為政者によって作られている。



年末の紅白歌合戦という番組もあれは男と女が紅組と白組に分かれて

戦う構図だけど、これは絶対に男女が対立する構図をNHKは変えようとしない。


ここにあるのは男女共同参画社会という後ろにフェミニズムの思想があるけど

これは元をたどれば共産主義であるから


その思想があのテレビ番組で反映されていて人々はその
扇動の恐ろしさに気づかないから


それをただ受容して、毎年高い視聴率です。


今の先進国は大体、男と女が戦っている、融合するのではなく

戦っている。


日本で少子化が進んでるのはこの過剰な平等主義のひとつの表れとしての

男女共同参画社会が根本原因であるはずだけど


そこで「若者の収入が少ないから」というのが主要因と宣伝されるわけだけど

じゃあ戦後はもっと若者の収入は少なかったけど少子化は進んでたか?

という話で、


マレーシアなんかはもっと日本人より収入少ないけど

子供いっぱいですよ。


が、こういう指摘はタブーのようで、日本ではされない。


どうもこの自由と敵対する平等主義が日本では進みすぎて、

それが多くの本当の自由主義者たちの首をしめており、


この自由主義を持ってる人たちは日本の社会で圧殺されそうな感じで

居心地の悪さを感じてるのだろうと思う。


みんなと違うことを言えばそこで「はぶられる」わけで

「もぐらたたき」に合うわけで


そんな社会では言いたいことも言えないとなる。


が、そんな言いたいことが言えない社会で、強力な権限を発揮できるのが

国家官僚機構であり、自動的に、それは自由民主主義と反する

官僚社会主義国家、すなわち今の日本のような体制に収束するのであります。


私はそれをずっと危惧して馬鹿だ、あほだと言われても、

書き続けている。


そしてもう少し言えば日本でいじめ問題というのがあって

この「いじめ」という単語は、韓国でも知られている単語で

そのまま「いじめ」の発音で通じるし、


英語ではIjime (Bullying)としてある程度知られているわけですね。


なぜ日本でこのような問題が起こるかといえばやはりその背後にも

過剰平等主義があるわけで、そこで「周りと違ったら徹底的に叩く」わけで


そこに本質的な自由があるはずはない。

私の弟なんかはその犠牲になってひとりであったと思う。

現実の話として、この平等ファシズムの思想を持ってる人間が

社会のおそらく9割を超える社会でなんとか暮らすためには


その平等ファシズムの人間たちを圧倒して上回る力が必要だけども

それを身につけられないと

自由主義者は生きられない境遇にあるのかもしれない。


これは今の経済構造でも「ネットで稼ぐ人=被差別民」であります。

みんながサラリーマンで労働者やってるのだからそれと違うのは詐欺師だ

異端でつぶしてやれ、

という理屈になる。



ここにおいて、憲法で保障されてる

職業選択の自由は実質機能しなくなります。


実は日本の多くの問題の背後にこの平等思想という謀略思想が

絡んでいるのだけど、まだ多くの人は気づいていない。

が、若い人の一部が親の背中を見て「なんかこの社会はおかしいぞ」

と気づいて、そこで海外に行くとこの平等主義というのは非常に弱かったりするので


建前では平等主義だけど本質的にはもろに自由主義だったりするので

そこで洗脳から「ぱっ」と目覚めることが多いわけです。


だから海外放浪していた過去ある人たちが自分で稼げるようになってるのは

こういう上記の大森のような思想転向が

海外で起こるからであると私は分析します。


ということで、メルマガの尺がまたなくなってきたので

この辺で終わりにしておきますが


本質として私たちが絶対善として信じてる平等主義というのは

自由と対立するということですね。


もっといえば「自由と平等」という対立するスローガンを

世界中の人に信じ込ませた頭の良い人たちがいるということです。

それはいまだに日本の教科書でも教えられているわけで

ロボット子供を沢山増産しているのでしょう。





この自由と平等というのは対立するようだ、という概念を

若いころに知っていれば変わった人生も多かっただろうとも思います。


後世の人のためにも私たちはそれを考える時ではないかなというのは

感じますよね。



そしてある程度納得できる人生を生きてる人は

この自由と平等の概念が対立しているというのを生来の感性で

発見してる人たちで、その人たちがなんだかんだ自由に生きてるわけですね。


世の中は全て実は根底でつながってるなって思います。

なんでもかんでも政治につなげるな、と言う人もいるだろうけど


残念ながら私たち人類は政治思想の謀略性からは

まだ逃げられていない状況です。


それではまた!



ゆう




PS・・・ちなみに私が英語を話せるようになって発見した事実として

それは

「世界中の人がこの平等主義equalityという謀略思想に脳みそやられてる」

っていうことなんですね。


これは欧米の先進国の人間は大体そうです。


だから私がアメリカの友人に「freedom(自由)とequality(平等)は

相反する概念であり世界中の人がこの洗脳から抜け切れていない」

と説明したのだけど、


最初彼は理解しなかったけど、あとで考え直して気づいて

もっと色々教えてくれ、と私にその後言うようになった。


逆を言えば、この自由、平等概念の対立性にいち早く気づいて

それを国家政策に落とし込めたとしたら


たとえば副島の家父長論を日本で実現できたら

一気に国際社会では強烈な長期的競争力を発揮できる

ということでもありますよね。


が、口で言うのは簡単だけどそれは強烈な役人の抵抗にあいますから

とても難しいものである、というのが今の本当の政治の論点としてあります。




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